
ともかく、消化管(胃と腸)の画像検査は受けてみようかという気になったのがこの夏のことでした。しかしいきなり内視鏡の検査を受ける気にはどうしてもなりません。そこで上尾市の癌検診の中に、上部消化管造影検査(バリウム検査)というのがありましたので、まずそれを受けることにしました。
バリウム検査なんてたいしたことないと思われるかもしれませんが、検査直前にバリウムをごくごく呑まなければなりませんし、なによりも検査後に、そのバリウムが「白い便」として排出されるというのを聞いて、気持ち悪く思っていましたので、検査を受けるまでに何十年かかかってしまったのです。
しかしいざ会場に行って見ますと、普通のおじさんおばさん、おじいいさんおばあさんが、平然と順番を待っています。誰も泣いたりしていません。それで俄然勇気づけられ、5分程の検査はあっという間に終了してしまいました。バリウムを飲んだら上下左右に動くベッドに寝て、ベッド上で、レントゲン技師がマイクで指示する通りに次々と体勢を変えていかなければなりません。「はい右に寝返りをして・・・止まってください」といった風に、次々に指示が出されます。
私はいくらか緊張していたのか、何度も右と左を間違えたようですが、ともかく無事に検査は終わりました。そしてそれから数週間して結果が送られてきました。すると結果は「正常」ではなく、「粘膜像に異常を認める」というものでした。二次検査、つまり内視鏡検査を受けなければなりません。もう待ったなしです。早速ご近所の高橋先生のところに伺って、予約を取りました。高橋先生の診療所の看板には、「鼻からの内視鏡で、苦しくない胃の検査」などと書かれています。内視鏡がいくら細くなったとはいえ、少なくとも煙草くらいの太さはあるだろう。ことによると、指くらいの太さかもしれない。そんなものを鼻の中に突っ込めば、痛いし苦しいだろう、と思わずにはいられません。
よほど予約をするときに、内視鏡を見せて下さいと言おうかと思いましたが、見たらもっと怖くなるかもしれないので、黙っていました。
検査当日は、まず鼻に麻酔をします。看護師さんが鼻にゼリーを垂らします。「はい、これを吸って下さい」と看護師さんは言います。「え。これを吸うんですか?」・・・「はい、鼻水をすするようにすればいいんです。」恐る恐る言われた通りにすれば、本当に鼻をすするのと全く同じ感覚で、痛くも痒くもなんともありません。これを間隔をあけて4回ほど繰り返します。すすり上げた麻酔薬が喉を伝わって、胃の中にまでいきますから、喉にも麻酔がかかります。多少声が出にくくなったり、ツバを呑み込みずらくはなりますが、まあ、どうということはありません。
そうしたら検査室に先生がニコニコして入ってこられました。「田代先生、内視鏡は初めてなんですってね。私はいつも丁寧にしますが、今日は特に丁寧にしますからね。何の心配もいりませんからね。」と、私の肩に手を当てておっしゃいます。私はこれで本当に救われた気がしました。心がふっと楽になりました。やはり医者たるもの、患者さんには優しくしなければいけないのだと、改めて思い知らされました。
私はどうも患者さんにでも誰にでも、「素(す)」で対峙(たいじ)するところがあって、場合によってはぶっきらぼうに見えたり、冷淡だと受け止められたりするふしがあります。でもやはり「普通」にしているのではなく、患者さんに対して「医師」を演じなければいけないなあと考えました。ともかく高橋先生は立派です。
それで私が安心したとみてとられたのか、「ではカメラをいれますよ」とおっしゃったら、鼻の中に黒いチューブがスルスルと入っていくではありませんか。全く、何の感覚もありません。しかもチューブの先端に付いているカメラの映像が私の目の前のモニターに映し出されるではありませんか。
「一部、出血している部分がありますが、これは炎症ですから癌ではありません。胃の薬を呑まれるといいでしょう。念のため、1箇所だけ組織を取って顕微鏡の検査に回しておきましょう。」
15分程度で検査は終了でした。なんだこんなことならもっと早い時期に受けておけば良かった、などと愉快な気持ちになっていると、看護師さんから次の検査についての説明がありました。「大腸の検査は秋になります。大腸の検査は点滴をしながら行います。組織を取れば出血の恐れもありますので、入院になる場合もあります。」
それを聞いてまた不安になってきました。