お知らせ

がんは、こわい。(5)

「大腸の検査は点滴をしながら行います。組織を取れば出血の恐れもありますので、入院になる場合もあります。」と言われて、怯(おび)えながら1ヶ月を過ごしました。第一に「点滴」の兼ですが、これは、全身麻酔をかけますということなのでしょうか?そのときに聞けば良かったのですが、「はい、全身麻酔です」と言われたら怖いので、黙っていました。

藤山新太郎先生などは、「寝て、起きたら、終わってました」などと平然とおっしゃいますが、点滴をして眠らされるというのに、私は計り知れない恐怖を感じます。なにか、その眠った先が死につながっているような気がするのです。麻酔中に、何かの加減で心臓が止まるかもしれないし、運悪く大地震が来たりすれば逃げ遅れるかもしれません。歯の治療で、「笑気ガス」を用いた全身麻酔は経験しましたが、あのときも怖い思いをしました。意識がだんだん遠のいていく過程は、思い出しても気持ちが悪いです。

検査後に入院する可能性があるというのも、不安材料です。私は翌日も診療を行う予定です。しかし「仕事があるので、入院は困ります」とは口が裂けても言えません。私は常々、入院する必要のある患者さん、一定期間休業して自宅療養を要する患者さんが、「それは困ります」と言おうとするその機先を制するように、「病気が悪化しては元も子もありませんから」と言い渡してきました。そう常々言っている本人が、安全のための1日の入院を拒否するわけにはいきません。

さらに、大腸の検査は、胃の検査と違って、午後に行われます。それは、午前中の内に下剤を大量に服用して、大腸の中を完全にカラしなければならないからです。午前に検査をするのであれば、前の晩、一晩かけてトイレ通いをしなければなりませんので眠れなくなってしまいます。ところが私は、検査当日の午前は、よその病院で内科外来を担当しています。内科外来をしながら、自らも下剤を服用して、トイレに通うというわけにはいきません。
それで仕方がないので、前の晩に寝ないでトイレ通いをして、当日の午前はすでに大腸をカラにしておくことにしました。翌日の午前は無論、睡眠不足ですし(うっかり眠ればお漏らしをしてしまう可能性もあって)、検査が終わるまでは絶食ですから、おなかもすきます。ただし、「透明な飴」はなめてもよいとのことでしたので、朝からドロップスをなめ続けて、血糖低下を防ぎました。

ともかくそのような状態で、当日の午後、高橋先生のクリニックにお邪魔しました。点滴も始まりましたが、一向に意識は遠のきません。先生は私に穏やかに話しかけながら、検査を始められました。胃のときと同様に、大腸の中の様子がモニターに映し出されます。点滴はどうやら、大腸の動きを落ち着かせる薬だったようで、結局私は最後まで意識を保つことができました。「おなかの中を管が動きながら移動するのはなんとも言えず嫌なものですよ」などとアドバイスというか警告してくださった方もありましたが、今回も、最初から最後まで何の苦痛も痛みも気持ち悪さもありませんでした。

こんなことなら、もっと早くやればよかったと、また思いました。ポリープが2つあって、1つは切除したそうです。顕微鏡の検査もしてもらうことになりました。入院はしなくてもいいけれど、出血してはいけないので、お酒は数日ひかえてください、消化のよいものを召し上がってください、とだけ言われて、すぐに帰してくださいました。

後日、結局顕微鏡の検査でも異常なし、ということで、つまり消化管については無罪放免となりました。ただし家人は、高橋先生のおっしゃったことを拡大解釈して、「お酒は1週間呑んではいけません」と言いだし、夜はシラフでお粥をすすって眠るという、病人のような生活が当分つづきました。